わかる実験医学シリーズ

 転写がわかる 基本転写から発生、再生、先端医療まで
編集 半田宏

2002年9月に発行されている。この中で、一線の研究者が2002年の段階で感じていることの一端がわかるものを抜粋してみた。

p.12
分子生物学は還元主義に基づいている。本書もそれにならって、転写のプロセスを、認識されているステップごとに分けて記述するというアプローチをとった。これはきわめて複雑な対象を相手にするときの現実的な方法ではあるが、一方で、木を見て森を見ず、ということにもなりかねない。・・・

p.77
既知の調節回路を数値的に表現し、転写の調節ネットワークをシュミレーションするという展開もなされつつある。ただし、現在信じられている調節機構の多くは、細胞内の構成成分の濃度をモニターして決定されたわけではなく、遺伝子の削除や試験管内などの実験などの分子生物学的証拠から推定された最も簡単なモデルにすぎない。有名な誤謬の例は、CRP(cAMP receptor protein)によるlacオペロンの転写調節である。このオペロンの転写は、cAMP-CRP complexの濃度で決定されると教科書には書いてあり、それに基づいて数多くのシュミレーションがなされた。しかし事実は、cAMPもCRPも調節の前後で濃度の変化はなく、調節はリプレッサーLac1に働くインデューサーの濃度の低下で起こっていたという全く別の機構であった。さらに、原核細胞の体積は小さいので100nM以下で濃度の連続性は失われ、シュミレーションの元となる微分方程式は意味を失う。生体シュミレーションはこれらの困難を克服する必要がある。

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近年発生した原核転写の問題は、解明された病原菌などのゲノム配列情報から、転写調節の機構を推定する方法論である。現在、情報量の豊富な大腸菌ですらプロモーターの場所や特性を塩基配列から演繹的に推定することはできず、バイオインフォマティクスの限界を示している。